東京高等裁判所 昭和32年(く)75号 決定
被告人 宮島一郎
〔抄 録〕
本件記録並びに取寄にかかる被請求人に対する窃盗被告事件記録(新潟簡易裁判所昭和三一年(う)第一〇二号当裁判所昭和三一年(う)第二、五八九号事件記録)を調査すると被請求人は昭和三十年七月五日東京高等裁判所において詐欺罪により懲役一年三年間執行猶予の判決を受け、右執行猶予期間中更に昭和三十一年六月十六日より同年七月二十九日までの間十二回に亘り新潟市内において自転車合計十二台その他を窃取したとの事実により、昭和三十一年九月十九日新潟簡易裁判所において懲役一年二月に処せられたがこれに対し控訴を申し立てた結果同年十二月二十八日東京高等裁判所において、原判決を破棄する被告人を懲役一年に処する、但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し右期間被告人を保護観察に付するとの判決を受け、右判決は当時確定し、新潟保護観察所の保護観察(担当保護観察官安部隆栄、担当保護司鹿野愈)に付せられていたものであるが、右保護観察期間中である昭和三十二年六月十一日以降実家より家出して所在を眩まし、同年六月十九日頃までの間に前後六回に亘り新潟県西蒲原郡西吉田駅前小野ノブ外五名から現金四万二千三百円を騙取し右金員を浪費したものであつて、右は保護観察に付せられた者の遵守すべき事項である、一定の住居に居住し、善行を保持すると云う条件に違反したものであり、その情状が重いものと認められることは云うを待たない。
従つて原裁判所が刑法第二十六条の二第二号刑事訴訟法第三百四十九条を適用して、先に東京高等裁判所が昭和三十一年十二月二十八日被請求人に対して為した刑の執行猶予の言渡を取り消す旨の決定をしたことは十分に理由のあるところである。
しかし更に本件記録、前記確定事件記録を調査し、並びに当審における事実の取調の結果を総合考察するときは、被請求人の家庭は、父才一郎母トミの間に長女トシ、長男被請求人以下二男三女があり、父才一郎は商業学校を卒業後新潟鉄工所に入り三十余年間着実に勤続し昭和二十四年同所を停年退職後は同市において運送会社の常務取締役をしており相当の資産を有し社会的にも名与と信用を保持しておるものであり、その長女、次女、三女はいずれも相当の学歴を有する夫に嫁して健全な家庭を営み、次男は東京大学を卒業後現在東京都内において独立の生計を営んでいるものである。そして被請求人は昭和二十二年九月早稲田大学商学部を卒業後一年足らず新潟市のアスファルト工業会社に勤めた後新潟商業高等学校において二年間、長岡商業高等学校において一年間教職にあつたが、新潟商業高等学校に在職中先妻伊狩ヒデと結婚したところ同女の身体に欠陥があつた為遊興をするようになり昭和二十九年八月長岡商業高等学校を退職し、新潟に帰り、平和生命に入社したが、同年十二月頃父と意見が合わず家出し、その間友人知人等より寸借名義で金員を騙取したため前記第一の詐欺の有罪判決を受け、その間先妻との離別、先妻との間に生まれた子供は被請求人の両親に引き取られたのである。そして第一の有罪判決後被請求人は実家に帰り先の平和生命に勤めたが間もなくやめ、会計士試験を受けようとして勉強に務めていたが、その間些細なことから父と口論して家出し一旦家に立帰つたが間もなく再び家出して生活費に困つたため前記自転車窃盗を繰り返し第二の有罪判決(保護観察を付した執行猶予)を受けるに至つたものである。そして右事件において控訴審で保釈を許されて帰宅した後も被請求人は親族の者から意見をされたことに憤慨し自暴自棄となり家出をし、二、三の自転車窃盗行為をした為警察署に逮捕されたが、父才一郎の奔走により身柄を釈放されて前記執行猶予の判決後自宅に帰り、その後は前記事件の受任弁護人であつた松井弁護士の指導の下に同弁護士方に入り家庭教師又は事務の手伝等をして更生に努めていたものである。かくして被請求人の気持も余程落付いたのを見て、被請求人母トミは被請求人に妻を迎え一層生活を落ち着かせたいとの一念から新潟市家庭生活相談所の紹介により昭和三十二年五月十三日新潟県加茂市の土田マスを妻に迎えるに至つたが、右土田マスは加茂高女卒業後洋裁を学び、東京都内の洋装店に働いて月収一万円位を得ており、郷里において良縁を求めようとして自分一人の考えで前記新潟市家庭生活相談所に結婚の申込をしたと云うような自主性に富んだいわゆる勝気な性格であつたため、被請求人のような弱い、内向的な性格とは相容れないものがあり、又結婚後被請求人等が父母と別居したいと申し出たことから、父才一郎から親の面倒を見ないと云うなら財産は分与しないと云い渡された等のこともあつて、被請求人の結婚生活はまたも破綻を生ずるに至つた。その間被請求人は、前記保釈出所中の窃盗事件の為警察署より再三取調を受ける等のこともあつたので、被請求人はこれらの事実につき又も起訴されるのではないかと危惧してますます懊悩し神経衰弱気味となり日夜煩悶を続けていた。その間夫婦間の感情の疎隔はますます深まり被請求人等よりマスに入籍を求めたがマスはこれに応ぜず遂に六月十日マスの実姉が松井弁護士宅に行き正式に離婚の申出をすると云う段階になつたが、宛も当日被請求人は自転車窃盗の件につき新潟県新井警察署に出頭方通知を受け父才一郎より示談金を受け取つて同警察署に出頭することとなつていた為、被請求人は絶望的な気持に駆られ自暴自棄となり遂に同警察署に出頭することなくその儘家出し、半ば自棄的な気持と一面自己の生活費を得たいとの考えから松井弁護士の依頼者の宅を訪ね、訴訟関係費用を請求するように装い金銭を騙取する等の詐罔方法を用いて前示のような詐欺行為を反覆敢行し、その金員は生活費や競輪等に費消すると云う事態に立ち到つたものである。このような事情を細かに観察して見ると、被請求人が再度の執行猶予を受け保護観察の期間内に更に前示のような犯罪行為を敢てしたことは誠に責むべきものであり、保護観察を受けている者が当然遵守すべき条件に違反した情状は洵に重いと云うべきであるが、これもまた被請求人の性格の弱さの破綻の結果であるとも見られる点に一抹の同情の余地がないではないと感ぜられるのである。
しかして被請求人が前記のように家出後不始末を反覆し、遂に本件により引致状の執行を受けて新潟刑務所に留置された前後に亘り被請求人の父母は事態の解決に全力を注ぎ、被害者に対し、尽く被害を弁償し只管被請求人の為有利な裁判のあることを願つており、松井弁護士並びに鹿野保護司においても将来被請求人の監護に遺漏のないことを期しておるのみならず、被請求人も深く前非を反省し、また土田マスとも正式に離別し、親族協議の上被請求人の意思に副つて同人を将来更生させるよう具体的な方途を講じており、被請求人も先妻との間に儲けた一子の将来を考え今後の自重自戒を誓つていることが認められるのである。
このような事情を考え合わせると被請求人の本件遵守事項違反の情は洵に重いものであるが、法はその取消について裁判所の裁量の余地を認めているのであるから、強ち法の峻厳な適用に捉われることなく、今一度被請求人の過失を寛恕して前記刑の執行猶予の言渡を取り消さないこととし、被請求人に最後の更生の機会を与えることが適切妥当な措置であると考えられる。この意味において抗告人の本件抗告は結局理由があるに帰する。
(谷中 坂間 荒川)